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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)832号 判決 1963年2月13日

参加原告 関根功

右訴訟代理人弁護士 山中嘉八

右訴訟複代理人弁護士 小倉清

新長巌

被告 武井元治

被告 丸山五郎

右被告両名訴訟代理人弁護士 横山正一

右訴訟複代理人弁護士 副聡彦

脱退原告 巣鴨信用金庫

右代表者代表理事 田村福太郎

主文

一、被告武井元治は参加原告に対し別紙目録記載の建物につき昭和三二年六月二八日東京法務局板橋出張所受付第二〇九五八号を以てした仮登記の本登記手続をなせ。

二、被告丸山五郎は参加原告に対し別紙目録記載の建物につきなした(イ)昭和三三年四月二日同出張所受付第九九五〇号停止条件付代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記、(ロ)同日同出張所受付第九九四九号極度額一、八〇〇、〇〇〇円の証書貸付契約による根抵当権設定登記、(ハ)同日同出張所受付第九九五一号停止条件付賃貸借契約による賃借権設定請求権保全の仮登記、(ニ)昭和三三年一二月九日同出張所受付第四二八一号売買による所有権移転登記の各抹消登記に同意をなせ。

三、被告両名は参加原告に対し別紙目録記載の建物を明け渡せ。

四、訴訟費用は被告両名の負担とする。

事実

参加原告訴訟代理人は主文と同旨の判決並に建物明渡について仮執行の宣言を求め、請求原因として

一、脱退原告は被告武井との間に昭和三二年六月二七日手形割引の方法により極度額金一八〇万円の融資をなすこと、特約として元金を期日に支払わないとき又は期限の利益を失つたときは百円につき一日金八銭二厘の割合による違約損害金を支払うことを約束し、同被告所有にかかる別紙目録記載の建物(借地上の建物)を担保として根抵当権設定契約をなし、同時に右抵当債権の債務を履行しないときは代物弁済の予約完結の意思表示によつて右担保物件の所有権を脱退原告に移転すべき旨の代物弁済の予約を締結し、同年六月二八日右根抵当権設定登記と代物弁済による所有権移転請求権全の仮登記を経由した。

二、脱退原告は右契約に基いて融資をなしたが同年一二月一〇日被告武井が脱退原告を受取人として振出した金額一三〇万円、支払期日昭和三三年二月七日支払地、振出地東京都豊島区、支払場所脱退原告金庫なる約束手形一通を受取り割引料を支払つて同金額の貸付をなし、弁済期は右支払期日のところ、被告はその期日に支払をしなかつた。そこで同原告は同被告の同原告に対する定期積立金二九〇、八八〇円、定期予金三〇〇、〇〇〇円合計五九〇、八八〇円を同年一二月一〇日元金の内入として弁済に充当し、次いで同被告の同原告に対する月掛予金二二、五二七円、武井栄子名義の月掛予金二六二円、武井一郎名義の月掛予金六六二円合計二三、四五三円を同年一二月一八日右残元金に充当したので残元金は六八五、六六七円となつた。そして前記約定に基く損害金は昭和三三年三月三一日から同年一二月一〇日までの分二七一、八三〇円、残元金七〇九、一二〇円に対する同年一二月一一日以降同月一八日まで一四、六五一円、残元金六八五、六六七円に対する同年一二月一九日以降昭和三四年一月三一日まで二四、七三八円合計三一一、二一九円となるので、同年一月末日現在における元金損害金の合計は九九六、八八六円となつた。

三、よつて脱退原告はその職員である天野光春をして前記代物弁済の予約に基いて同年二月二日被告武井に対し口頭により右債権の弁済に代えて本件建物の所有権を取得する旨の代物弁済の予約完結の意思表示をさせたので、これにより本件建物の所有権を取得した。

四、参加原告は脱退原告から昭和三四年七月一六日右建物の所有権を取得したので、所有権移転請求権の譲渡をうけたものとして同年同月一七日東京法務局板橋出張所において脱退原告の前記仮登記の付記登記を経たものである。

五、よつて被告武井に対しては本件建物の所有権移転の本登記手続を求め、次に被告丸山は主文記載のような仮登記と所有権取得登記を経由しているが、右各登記は脱退原告のための前記仮登記の後になされたものであるので、脱退原告の所有権取得に対抗できないものであり、したがつて脱退原告から所有権を取得した参加原告にも対抗できないものであるので、その抹消登記手続を求め、次に被告両名は本件建物を共同して占有しているが、参加原告に対抗する何等の権限のない不法占有であるから右建物の明渡しを求める。

と述べ、

被告ら主張の抗弁事実を否認した。

被告ら訴訟代理人は

請求棄却の判決を求め、答弁として

請求原因第一項、第二項の事実は認める。

同第三項は否認する。

第四項の事実中譲渡契約と登記の点は認める。

同第五項中被告武井が本件建物の二階を占有している事実は認めるが、建物全部の共同占有ではない。被告丸山としては本件建物の共同占有の事実は認める。

代物弁済の予約完結の意思表示はなされていないので、参加原告の請求は失当である。

仮りに脱退原告主張の代物弁済予約完結の意思表示がなされたとしても、

(一)  本件建物は巣鴨とげぬき地蔵尊のある盛り場に所在し、約五〇〇万円の売買価格を有する建物であるところ、本件の代物弁済の予約は債務の大部分が不履行のときはじめて予約完結権を行使するものであつて、半額近くの弁済がなされたときは代物弁済によらず抵当権を実行するとの趣旨で締結されたものであるから、元金の半額に近い弁済のなされた本件において脱退原告の予約完結の意思表示は無効である。

(二)  被告丸山は参加原告主張のような登記に表示のような権利者であるので被告武井が脱退原告に対して負担する本件債務を同被告に代つて弁済するにつき正当な利益を有するところ、昭和三三年一二月二〇日頃脱退原告に対しその主張の債務を弁済する旨の言語上の提供をなし、ついで昭和三四年一月一〇日頃、同月一五、一六日頃および同月二〇日頃の数回にわたり金一〇〇万円を現実に提供して受領を求めたが、脱退原告は被告武井の訴外巣鴨商業協同組合に対する借入金は同原告の出金に係るものであるので、その弁済をも同時にしない限り受け取れないと称し、正当な理由なくこれを拒否した。したがつて脱退原告は右弁済の提供の時から受領遅滞となり、被告武井は債務不履行から生ずる一切の不利益を免がれたものであるから、脱退原告の前記予約完結の意思表示はその効力を生じない。

(三)  仮に然らずとしても本件家屋は前記の価格を有するものであるから脱退原告が僅か一〇〇万円足らずの債務のため完結権を行使することは暴利行為であつて公序良俗に違反するから無効である。

(四)  仮に右の抗弁が理由なしとされても参加原告は被告武井との契約により同被告と脱退原告との債務関係を解決することを約束し昭和三三年四月頃、被告丸山に対し金一二五万円を貸し付け、被告丸山は右金員を被告武井に貸し渡し、昭和三三年一二月中頃脱退原告が被告武井に対し残債務七〇九、一二〇円を同年同月末日までに支払えとの催告をしたので参加原告はさらに被告丸山に対し右金員を貸し付け、被告丸山は右金員を被告武井に代位して昭和三四年三月一四日脱退原告に対し弁済供託したのである。

そして参加原告は右代位弁済による供託に先だち脱退原告の担保が消滅しても被告武井が第三者である他の債権者から建物を差し押えられることがあつてはいけないからとの理由で昭和三三年一二月九日本件建物の所有名義を被告丸山に移転する登記を行なわせたのである。

右のように参加原告は被告らのために本件建物の所有権の保全に協力しておりながら突如として脱退原告から本件建物に関する権利を譲り受け所有権移転の本登記や明渡しを求めるのは参加原告が脱退原告との債務関係を解決する約束に反するものであり、信義誠実の原則に反し権利を濫用するものである。

と述べた。

証拠 ≪省略≫

理由

参加原告主張の一、二の事実は被告らの認めるところである。

そして証人天野光春、小林松治の証言によれば、脱退原告は昭和三四年二月二日職員である天野光春をして被告武井に対し右約定に基いて本件建物を代物弁済としてその所有権を取得する旨の予約完結の意思表示をなしたことを認めることができる。

右認定に反する被告武井元治の供述は信用するに足りない。

そこで、被告らの抗弁を判断する。

抗弁(一)について、

本件のように債権極度額一八〇万円の根担保のため被告らの占有する建物に根抵当権を設定するとともに債権者の選択により抵当債権の弁済に代えてその建物の所有権を債権者に移転する趣旨の代物弁済の予約を締結する場合には諸般の事情をも考慮すべきであるのは勿論であるが、特段の事情がない限り、当事者の意思は後日、被担保債権中の相当額換言すればその残額だけでは当事者が代物弁済契約をしないであろうと思われるような額が弁済によつて消滅したときは、債権者は代物弁済予約完結権を失い、抵当権の実行のみで満足する趣旨と解するのが相当である。

そして本件契約の際代物弁済に当てられる不履行にかかる現実債権額について別段の話合のなされなかつたことは弁済の趣旨と証人小林松治の証言に照し明らかである。

ところで本件において極度額一八〇万円に対する残債務額がどの程度に減少したときに代物弁済の予約完結権を生じさせない契約の趣旨と認めるべきかは前記のように諸般の事情をも考慮すべきであるので判定困難な問題であるけれども少くともその半額である九〇万円以下の残存債権をもつてしては予約完結権を発生させない趣旨と解するのが相当と考える。

右一八〇万円の極度額に対し貸出金は一三〇万円のところ一部弁済がなされて残元金が六八万円余となつたことは前記のとおりであるのでこの程度の債権では予約完結権を発生させるに足りないというべきであるけれどもその後の不履行により遅延損害金が増加し昭和三四年一月末当時その合計額が一〇〇万円に及ぶ額に達したことは前記のように被告らの認めるところであり、なお証人小林松治と被告本人武井元治の供述によれば、同被告は本件建物において薬種商を営んでいたところ昭和三三年秋頃から多額の借受金等のため経営不振となり閉鎖のやむない状態に陥り脱退原告に対しても本件借受金の弁済に充当が予定された日掛積立も滞り勝となり同年末頃以降同原告からの催促に拘らず右積立は実行されず、もとより借受金の支払をなす見込のなかつたことが認められる。

してみればこのような状態において昭和三四年二月二日なされた本件予約完結の意思表示は残存債権が少額のため予約完結権の発生しない間になされたものというに足りないところである。

よつて一の抗弁は理由がない。

(二)の抗弁について

その主張のような弁済の提供のなされたことを認めるべき証拠はなく、被告本人武井元治の供述によれば、その主張の頃脱退原告に対し本件債務の支払計画について協議を求めたところ承諾を得なかつたに過ぎないことが認められるので、この抗弁も理由がない。

(三)の抗弁について

本件建物が五〇〇万円余の売買価格のあることを認めるべき資料はない。

ところで被告武井が薬種商を営むものであり、本件家屋の敷地が借地であることは前記のとおりであるから本件借受金は営業のためになされたものと推定すべきであり、また建物の譲渡について借地権の譲渡に関する地主の承諾を確認すべき資料は本件に提出されていない。もつとも被告本人武井元治の供述によれば、右地主の承諾を得ているように認め得られないではないけれども、かかる一方的な供述のみをもつて建物の客観的価値を判定すべき資料である地主の承諾の確認となすに足りないところである。

してみれば、借地権付の本件建物の価値が五〇〇万円であるとしても、地主に対する名義書換料はその価値から減額されなければならないし、借地上の建物の評価は地主の借地権譲渡の承諾が確認されていない限り浮動的のものといわざるを得ないから本件代物弁済の予約が暴利を目的としたもの又は債務者の窮迫に乗じて暴利を図る不当のものとして公序に反するというに足りないところである。

次に参加原告が四に主張のとおり脱退原告から本件建物の所有権を取得する旨の契約を結んだこと及び脱退原告の本件代物弁済の予約上の仮登記の権利の付記登記を経由したことは被告らの認めるところであるから、これにより参加原告は本件建物の所有権を取得したものと認めるべきである。

してみれば被告武井は参加原告に対し右仮登記の本登記手続を請求し得るものというべきであり、また被告丸山の認める本件建物に関する仮登記、所有権取得登記は右仮登記の後順位であつて、脱退原告に対抗し得ないものであるから参加原告に対してもその抹消登記に同意をなす義務を負うものというべきである。

そして被告丸山が被告武井と共に本件建物を共同占有していることは被告丸山の認めるところであるので、この事実によれば、被告武井も右建物を被告丸山と共同占有しているものと認めるべきである。この占有は参加原告に対抗し得ないものであるから被告らはその明渡義務を負うものという外はない。

被告らの(四)に主張する抗弁について

参加原告が被告武井との間に脱退原告との債権関係を解決する旨の契約を結んだとか、同被告のために本件建物の所有権を保全する旨の契約が成立していたとの事実を認めるべき資料がないので、この点に関する抗弁も採用するに由ないところである。

よつて参加原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用しなお仮執行は相当と認めないので、その宣言をしないこととし主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数)

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